
先日、最終ギリギリで『V for Vendetta』を見てきました。寂しく一人レイトショー、だけど1000円!
V、V、V、ですよー。オペラ座の怪人とゾロを足したようなキャラです。孤独なんです、仮面の下の顔は醜いけれど、心は傷ついているけれど、ピュアなんです。そして、セクシー。アンドレのお面は醜くないけれど、孤独でピュアでセクシーで、危うい情熱を持っているところがVと共通していたかもしれないなんて思います。『V for Vendetta』は、そんな孤独な男Vの愛と復讐と革命の物語です。ジャズの音楽やシェークスピアの引用なんかも洒落てます。
「V」というのはタイトル通り、復讐の「V」。で、なぜ彼が復讐の鬼になったのかと申しますと、彼は(おそらく第三次世界大戦後のイギリス)ファシズム政権が生物兵器をつくろうと目論んで行なわれた人体実験により、超人的な肉体に変化させられてしまった犠牲者であるからなんです。
全身焼けただれ、ガイ・フォークスのマスクに顔を覆い、隔離された地下に潜り、文学と芸術だけを愛して生活しています。すべての過去と記憶を抹消されたVは、20年前の人体実験に関係した権力者達を暗殺する復讐のテロリスト、というアイデンティティのみで存在理由を確立しています。
ある夜、秘密警察らしき男達に乱暴されそうになっていたイヴィー(ナタリー・ポートマン)をVは路地で助けます。この出会いが契機となり、復讐のためのテロは愛のための革命に傾いていきます。たった一人ではじめた革命は、やがてイヴィーの心を動かし、大衆の心を動かしていきます。
(オペラ座)怪人アンドレも素敵でしたが、Vアンドレも負けず劣らず。たとえば、物語の後半でVがイヴィーを監禁し、自分が収容されていたときの再現のように拷問にかけるのですが、こんなVはまさに、ベルばら第6巻、アンドレのワイン毒殺自殺未遂事件を彷彿とさせてくれます。
Vはイヴィーを監禁し、拷問したあと、これでお前は強くなった、死の恐怖を克服した(要約)みたいなことを彼女に向かって言い放ちます。そして、イヴィーが憤慨ののち去ってしまうと、Vはなにかに打ち拉がれたみたいに泣きます。この涙シーンはアンドレ。
恐らくVは、なぜ悲しいのか、なぜイヴィーにあんなことをしてしまったのか解らず、イヴィーを愛していることすら気づいていないとおもいます。
で、なぜVはイヴィーを監禁したのか。
あれはVなりに自分を理解して欲しい、お面の下の傷ついた心に共感して欲しいという、自分勝手で押しつけがましい、でもどこか許せてしまう愛情表現のひとつだったのではないのでしょうか。
男性は、愛する女性に対して、そんなふうに力に物言わせてちょっと暴力的になりたいときがあるのかもしれません。気を付けましょう。
また、「カリスマ性」という面でいうならオスカルかも。オスカルが陽ならVは陰。これもまたOAの公式。また、いつか時間があるときにでもVとオスカルについて語りたいと思います。え…。もう、聞きたくないですか…?
とにかく良い映画でした。怪人アンドレとVアンドレ。どちらも悲恋ですが、ピュアな愛がハートに矢を放ちますよー。